誤認逮捕は何故なくならないのか?
誤認逮捕は、今でも時々起きている。最近でも、宮崎県都城市で2005年1月に起きた窃盗事件について、宮崎県警都城警察署が同市内の高校1年生の男子生徒(当時16歳)を住居侵入と窃盗の容疑で誤認逮捕していたことが分かったと報道されている(読売新聞の記事)。
報道によると、この事件は、被害者の男性が帰宅した際に、自宅から逃げる若い男性を目撃しており、駆けつけた都城警察署の署員が現場付近で目撃情報と服装が似た男子生徒を発見して緊急逮捕したが、その後、男子生徒はその後、「認めれば自宅に帰してもらえると思った」と容疑を全面否認し、現場の足跡と指紋も男子生徒のものと一致しなかったために釈放した。
その後、鹿児島県警が2005年4月に別の住居侵入、窃盗事件で逮捕した男性が、この窃盗事件を自供したことから、男子生徒は無実で、誤認逮捕だったことが判明したという。
この事件が報道される少し前のことであるが、本年1月18日、愛媛県警に窃盗容疑などで誤認逮捕されて1年余り勾留され、後に真犯人の存在が分かったために、異例の無罪論告を経て無罪判決を受けた宇和島市の男性が、国と愛媛県に慰謝料などの支払を求めた国家賠償請求訴訟の判決が松山地方裁判所であった。
沢野芳夫裁判長は、「自白を強要した事実は認められず、男性に対する疑いがあると判断する合理的な理由があった。真犯人判明後の釈放も理由なく遅れたとはいえない」などとして、請求をすべて退ける原告全面敗訴の判決を言い渡したという(朝日新聞の記事)。
この裁判で、原告側は、警察官は確かな証拠がないにもかかわらず犯人と決めつけ、6時間にわたる取り調べで自白を強要したと主張していたのに対し、愛媛県側は、情理を尽くして説得した結果自白したもので、強要や誘導はなかった。裏付け捜査も自白に基づいて適正に実施したと反論していたという。
宇和島事件は、真犯人が現れて明確に誤認逮捕であることが明らかとなり、検察官ですら無罪弁論をせざるを得なかった事件である。すなわち、捜査段階での被疑者の自白が「虚偽自白」であったことが客観的に明らかになった珍しい事案であった。
それにもかかわらず、その責任を追及しようとして国家賠償請求をすると、その訴えが認められないというのでは、一体何のための国家賠償制度かと市民が根本的な疑問を抱くのも当然である。
しかしながら、現在の判例理論が採用する「職務行為基準説」があるために、このような場合でも、国や地方公共団体(警察)の責任が否定されてしまうのである。
例えば、最高裁判所1989年6月29日第二小法廷判決(民集43巻6号664頁)は、起訴した検察官の行為の違法性の判断について、
「公訴の提起時において、検察官が現に収集した証拠資料及び通常要求される捜査を遂行すれば収集し得た証拠資料を総合勘案して合理的な判断過程により有罪と認められる嫌疑があれば、右公訴の提起は違法性を欠くものと解するのが相当である。」
と述べている。すなわち、捜査当時の時点において、捜査当局が、収集されていた証拠に基づいて嫌疑があると判断されれば、後になって無罪であることの証拠(例えば、真犯人が見つかったこと等)が出てきたとしても、職務行為基準説によると、違法性はないことになるのである。
宇和島事件の場合には、職務行為基準説によると、真犯人が現れたのは公判になってからのことであるから、捜査段階で、捜査当局が嫌疑があると判断したことには違法性がないと判断したのはやむを得ないということになって、松山地方裁判所は請求を棄却したのだと考えられる。その意味において、今回の判決は、従来の判例理論を踏襲した判決であり、特異な判断を示した判決ということはできないことになる。
また、虚偽自白を強要されたかどうかについては、取調室での取調べが録画・録音(可視化)されていない現状においては、捜査側と間で「水掛け論」になるだけであり、原告側からすれば、「虚偽自白を強要された」ことを証明することはほとんど不可能である(ブログ「取調べ可視化最前線」の記事を参照)。
このように、我が国では、誤認逮捕がなされても、その法的責任がきちんと認められてこなかったために、捜査当局において、本気で誤認逮捕の再発防止に取り組もうとせず、その結果、あちこちで誤認逮捕を繰り返すことになっているのである。
しかしながら、誤認逮捕は、逮捕される側から見れば最大の人権侵害である。逮捕されて疑いをかけられて、自白を強要されることによる人権侵害もあるし、逮捕されたことがマスコミによって報道された場合には、世間において「犯人」との間違ったイメージが定着することによって一生深い傷を負ってしまうこともある。
したがって、誤認逮捕は絶対にあってはならないし、誤認逮捕が間違っても起こらないように最大限の努力をしなければならない。
海外の例を見ると、このような誤認逮捕や冤罪が明らかになった場合には、第三者による調査委員会が設けられて、徹底的に誤認逮捕等が行われた原因を追及し、関与した公務員の処分等が厳正になされることが多い。
さらに、その調査結果を基にして、そのような誤認逮捕等を発生させないように、法律改正を行う場合もある。例えば、オーストラリアでは、警察官の不祥事をきっかけに、徹底した可視化が導入され、警察官による取調べや捜索・差押え等が全て録画されるようになったと伝えられている。
我が国で何度も繰り返されている誤認逮捕の報道を見る度に、日本人は「歴史に学ぼうとしない」国民であることを痛感させられる。二度と同じ過ちを繰り返さないためには、間違った歴史を学ぶことが必要である。
誤認逮捕について言えば、その事実が明らかになった時点で、警察の内部調査等に任せるのではなく、第三者からなる調査委員会を設置して徹底的に誤認逮捕の原因を追及すべきである。そして、その結果を踏まえて、現場の警察官に対する厳正な行政処分(懲戒処分)を行うべきであるし、犯罪行為である場合には摘発すべきである。
また、国家賠償請求訴訟についても、職務行為基準説を放棄して、事後的に誤認逮捕が明らかとなった場合でも公務員の行為の違法性を認めるべきである。
さらに、取調室における全ての取調べ過程は、後で検証可能なように録画・録音(可視化)すべきことを法律で規定すべきであり、それに反して作成された供述調書の証拠能力を否定すべきである。
以上のような根本的な改革をしない限り、誤認逮捕はいつまで経ってもなくならないだろう。そのような過去の歴史に学ばない悲劇をこれ以上繰り返してはならない。
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Comments
不思議ですが、犯罪被害者への補償などは話題になりますが、冤罪被害者は補償しなくてもいいんですね。。。
検察の過失のあるなしどころか、無過失責任だってあるとおもうんだけど....
職務行為といったって、一人の人間に取り返しのつかないダメージを与えているわけですからね。
Posted by: あらい | 2006.01.23 at 01:46 AM
あらいさん
コメントありがとうございます。刑事裁判になって無罪になった場合には刑事補償法による補償が受けられます。
また、被疑者として勾留された後、起訴されなかった場合で、罪を犯さなかったと認めるに足りる十分な理由がある場合にも、被疑者補償規程(法務省訓令)によって補償されます。
但し、いずれも1日10000円程度で換算されて算出されるものですので、実際の被害が弁償される訳ではありません。そのために、実際の被害の回復を図るために、国家賠償請求訴訟を提起する必要があります。
以上、ご参考まで。
今後とも宜しくお願いします。
Posted by: ビートニクス | 2006.01.23 at 09:06 AM