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2006.02.03

取調べのための身柄拘束を認めるべきか?

 法務省と警察庁が設置した「未決拘禁者の処遇等に関する有識者会議」は、2006年2月2日、提言をまとめた。最大の課題は代用監獄(警察留置場)の存廃であったが、提言は、「今回の法整備に当たっては」と限定した上で、代用監獄の存続を認め、「今後、取り調べを含む捜査のあり方に加え、代用監獄のあり方についても検討を怠ってはならない」とした。

 明治41年に制定された監獄法1条3項は、「警察官署ニ附属スル留置場ハ之ヲ監獄ニ代用スルコトヲ得」と規定している(ちなみに、2005年5月に成立した刑事施設及び受刑者の処遇等に関する法律との関係で、監獄法は、2006年5月までに、刑事施設ニ於ケル刑事被告人ノ収容等ニ関スル法律に改正される予定であり、現行法1条3項は、新法2条になる予定)。

 監獄法によると、裁判所が勾留決定をした被疑者については、本来、拘置所に収容すべきであるが、拘置所の収容能力がないために、ほとんどの被疑者は、警察留置場に収容されている。これを認めるのが上記の規定であるが、それはあくまでも、拘置所の「代用」として認められているというのが法の建前であった。

 ただ、現在では、この傾向は著しく進んでおり、被疑者として身柄を拘束される被勾留者のうち,警察の留置場に収容される者の比率は、2004年度ではわずか1.7%となっている。

 そのため、予てから、警察庁は、警察留置場を「代用」から格上げして、正規の刑事施設として認めさせようという考え、「留置施設法案」を何度か国会に提出したが、日弁連や国民の反対の中で全て廃案となっている。

 昨年の刑事施設及び受刑者の処遇等に関する法律の制定に引き続いて、法務省と警察庁は、今年の通常国会に、未決拘禁者の処遇等に関する法案を提出する予定であり、特に、代用監獄の存廃をめぐって、日弁連が激しくこれに反対する態度をとっていたこともあり、「未決拘禁者の処遇等に関する有識者会議」がどのような結論を出すかが注目されていた。

 今回、有識者会議の提言は、代用監獄を当面存続させることとしつつ、将来的には、刑事手続全体の問題の中で、改めて検討するという中間的な立場を表明したが、結局、当分の間、代用監獄は残ることになったので、現在の運用の状況はほとんど何も変わらない可能性がある。

 昨年の監獄法改正が明治41年以来、約100年ぶりであったことを考えると、有識者会議の提言を前提として、法務省と警察庁が国会に提出する法案が成立すると、少なくとも数十年は変えられない可能性がある。その意味で、ここ数十年分の歴史が、今日、決まったことになる。

 代用監獄に対する批判の中で、もっとも実質的な批判は、以下の主張に集約されている。

「そもそもこの制度は、逮捕・勾留中の被疑者・被告人(とりわけ被疑者)の身柄を捜査当局である警察の管理・支配のもとに置き、捜査当局以外の第三者の監視や規制の及ばない密室内で、時間的にも方法的にも殆ど制約されることなしに自由自在に取り調べて自白させることにその『存在意義』があるといっていい。睡眠時間、食事時間、運動、入浴、さらには家族や弁護人との面会、差入れ、自弁購入など、被拘禁者の生活や行動の一切が捜査当局の管理・規制のもとに置かれ、その恣意的裁量に委ねられる。そして、捜査当局はその権限をフルに『活用』し、否認・黙秘している被疑者に対し、あるいは不利益待遇を行うことによって、あるいは利益供与による誘導によって強制的、誘導的に自由を得ようとする。その結果、虚偽の自白がなされ、そのため誤判がなされることも稀ではない。」(小田中聰樹『現代司法と刑事訴訟の改革課題』〔日本評論社、1995年〕204頁

 残念ながら、このような制度が、当面の間存続することが、有識者会議の提言によってほぼ決まったのである。

 それでは、被疑者を拘置所に入れれば、こういう懸念は全く生じないのであろうか。

 分かりやすい例を挙げれば、ライブドアの元社長は、東京地検特捜部の捜査を受け、そのために、逮捕後直ちに東京拘置所に送られて収容されている。

 3畳一間の独居房に収容されているようであるが、それまで家賃月額200万円以上の豪華な部屋に住んでいた者からすれば、あまりにも狭くて貧弱であるし、外とは電話連絡やインターネットができないのはもちろん、テレビも見れない状態に置かれている。

 おそらく、面会についても、弁護士以外の者との面会は制限されていると思われる。ベルトの着用は禁じられるため、背広を着ることもできなくなる(そのため、拘置所に入っている被疑者のほとんどはジャージ姿である)。

 犯罪の嫌疑があるからと言っても、いきなり、このような身柄拘束状態に置いて、外界との連絡を遮断し、社会から完全に隔離した上で、弁護士の立会いもなく(アメリカ合衆国では、ミランダ・ルールによって、弁護人の立会いがなければ取調べができないし、弁護人の立会いなしで取り調べて作成された供述調書は証拠能力を認められない)、朝から晩まで、また、休日も関係なく、取調べが続けられるのでは、普通の人間であれば耐えられず、その苦痛から逃れるために、嘘の自白をしてしまうことも十分にありえると考えられる。
 特に、特捜事件では、法務省が拘置所の管轄をしていることから、大きな事件では、深夜までの取調べをすることも当たり前のように行われている。

 このように考えると、実は、代用監獄(警察留置場)だけが問題なのではなく、拘置所への収容も問題なのである。つまり、被疑者について、強制的に身柄を拘束して、施設に収容したままの状態で、取調べを行って「自白」をとることを認めるべきか否かが問題なのである。

 私は、文明国家において、いまだに、このような野蛮で、前近代的な取調べをしていること自体が問題ではないかと考える。
 これは、「不動産金融日記」さんが、「自白」と題して、次のように指摘されていることにもよく示されている。

自分が同じ立場に置かれたらと思ったらぞっとします。10日の拘置だって自分の社会的地位は崩壊します。

 アメリカでは、逮捕は「捜査の終わり」と言われている。すなわち、客観的証拠を収集して、容疑を固めてから被疑者を逮捕するというのである。
 アメリカを含め、諸外国では、自白がなくても、客観的に証拠を積み上げて有罪にしている。自白をとらなければ有罪にできないということなど全くないのである。
 これに対して、日本では、逮捕は「捜査の始まり」と言われている。すなわち、日本では、怪しい奴がいたら、まず逮捕して自白を獲得するのが捜査であると考えられており、「自白」させることが捜査の重要な要素となっていしまっているのである。
 
 また、アメリカでは、マイケル・ジャクソン事件の時もそうだったが、逮捕されても、殺人事件などの重罪でなければ、ほとんど、すぐに保釈が認められるのが普通である。
 そのため、日本の刑事訴訟法が、1つの事件について最大23日も身柄拘束することを認めていることを、アメリカ人やヨーロッパ人に説明すると、「クレイジー」「日本に憲法はあるのか」と驚かれるのである。

 このように、日本では、怪しい奴は、身柄を長期間拘束され、著しく不利な状況に置かれた中で、取調べを受けて、「自白」が強要されるのである。捜査側から見れば、自分たちが思い描いているストーリーに沿った「自白」が得られればそれで良いのである。その結果、「虚偽自白」が強要される結果となる。

 我が国において、このような現実があるのは、そのようにして捜査機関が獲得した「虚偽自白」を、裁判所が見抜けないで、それを証拠採用して、被疑者をどんどん有罪にしているからである。

 長期間身柄拘束された状態で取調べを受けて得られた「自白」は全て証拠能力を認めないで排除するというルールを裁判所がきちんと決めて実行すれば、現在のような自白強要のための身柄拘束はほとんど行われなくなる
と思われる。

 このように考えると、代用監獄だけが問題ではないということが分かっていただけると思う。身柄を拘束することによって「自白」を強要するという今の捜査のあり方を根本的に変えなければ、いつまで経っても冤罪はなくならないのである。

 この視点に立つと、有識者会議の提言が、いかに時代遅れで微温的な「改革」提言をしているかが分かる。それでも、世界的な潮流から見れば遙かに遅れた日本の実務から見れば、一歩か二歩かは前進であるとは言えるのである。

 2009年から裁判員制度が始まることになっているが、前近代的で野蛮な取調べのあり方が根本的に変わらなければ、裁判員制度は画餅に帰してしまうおそれがある。

 現在の制度を一気に変えるのは難しいから、とりあえず、取調室で取調べ状況の全過程を録画・録音(可視化)することによって、その弊害を無意味化していく方法しか当面はないと思われる。

 いずれにしても、今回のライブドア事件の元社長に対する取調べのあり方は、実に多くの市民が、身柄拘束下での取調べという捜査手法のあり方について考える上で、大変に良い機会になることを期待したい。
 こんな前近代的なやり方で、嫌疑をかけた人を有罪にすることができるという日本の司法システムが、本当にこのままで良いのか、私たちは改めて真剣に考える時が来ていると思う。

【Today's Back Music】
 安井さち子/My Will(MYCJ-30362)
  女性ピアニスト安井さち子のリーダーアルバムの新譜。パワフルで力強い演奏とバラードでの繊細な演奏の両方が味わえる。しばらく聴きこんでみたいと思う。

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Comments

トラックバックありがとうございます。

ビトさんが今回の代用監獄についての決定をいわば外形的な問題であって、専門家としてもっと奥深いところに本質的な問題があるのよ、といった感じで述べられたのかな?と想像していますが、わたしは「国際認識と一致させてはいけない」というところがすごく問題だと感じます。

もし外形的に国際標準に合わせて、つまり結果的に形だけ代用監獄が無くなって、ビトさんが指摘している自白強要(拷問?)が無くならなくても、まだマシか、と思うのです。

本質が解決しないのに外見だけ変えても意味がない、というのは理解は出来ますが、国際的な評価という面をもっと重要視するべきではないか、と強く思うのです。

酔うぞ拝

Posted by: 酔うぞ | 2006.02.03 at 10:46 AM

酔うぞ さん
 コメントありがとうございました。
 国際的評価は大事ですが、今回の有識者会議では、「外圧には負けずに自分の国でこの問題を考えよう」という姿勢が示されたのだと思います。
 その線を踏まえれば、まさに、外圧とは関係なく、この国における捜査や司法のあり方として、代用監獄や拘置所に身柄を収容した上で、自白を強要するというシステムを、日本人として許容するのかどうかを、きちんと国民的に議論する必要があると思います。

Posted by: ビートニクス | 2006.02.05 at 04:23 PM

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