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2007.04.08

裁判員制度の根幹を揺るがす制度設計の見直しについて

 刑事司法改革の中でも、もっとも目玉とされる裁判員制度は、2009年5月から開始される予定となっている。

 この裁判員制度を市民に知らせるための最高裁主導のイベントである「裁判員制度全国フォーラム」において不祥事があったことは既によく知られているので(衆議院議員である保坂展人のブログ「どこどこ日記」の「裁判員広報費問題とは何か」に詳しい)、ここでは触れない。

 ここでは、思想・信条を理由とする裁判員の辞退事由の問題と、複数の事件を区分して審理する「区分審理制度」の導入の問題点について述べることにしたい。

 まず、思想・信条を理由とする裁判員の辞退事由については、裁判員法の立法当時から、思想・信条を理由とする辞退を認めることを前提に、それを政令で規定することが政府・与党の考えであった。
 このことは、政府(小泉前首相)の答弁書において、次のように述べられていることも明らかである。

「本法においては、裁判員となることを法律上の義務としているが、裁判員の職務を行うことが当該個人の思想・良心の自由や信教の自由等の憲法上の権利を侵すこととなるような事態は許されないので、そのような場合が本法第十六条第七号の「政令で定めるやむを得ない事由」に含まれることをこの政令において明らかにすることを考えている。」

 法務省刑事局刑事法制管理官室が、2006年10月25日から同年12月25日までに、この点について、パブリックコメントを求めたが、これに対して、日本弁護士連合会は、「いわゆる「思想・信条」を理由とする辞退事由を政令に定めるべきではない。」との意見を述べている(「裁判員の辞退事由に関するご意見募集の結果について」)。

 この点について、最終的に政令がどのように規定するかどうかは不明であるが、日弁連が、思想・信条を理由とする裁判員の辞退を認めないという姿勢を示していることは、それなりの影響を与えて、政令に規定されない可能性がある。

 日弁連の見解は、裁判員になることが、思想・信条の侵害になる場面はほとんど考えられない(宗教上裁判に関与してはならないという教義があるような場合しか考えられない)とするものである。

 しかしながら、もっとも典型的に問題となりうるのは、死刑制度に対する各個人の考え方であり、死刑廃止論に立つ市民の思想・信条である。

 裁判員制度が対象とする事件は重大事件であり、死刑を言い渡すかどうかが問題となる事案も裁判員は取り扱う可能性がある。
 その場合に、有罪とすることが評決で決まった場合に、量刑の問題として、死刑か無期刑かの選択を迫られる可能性があり、裁判員法は全員一致ではなく、多数決で評決を決めることになっているため、死刑制度に反対する裁判員が無期刑を主張しても、結論として死刑判決を言い渡す可能性がある。

 その場合には、死刑廃止論者である裁判員は死刑判決に関与したことになるが、これは、その裁判員の思想・信条を侵害しないと言えるのだろうか。
 日弁連の意見は、このような場合にも、その裁判員は、死刑に反対する意見を述べることができるから、思想・信条は侵害しないと考えるようであるが、それは思想・信条というものを非常に形式的に理解しているように感じられる。

 そもそも、裁判員制度自体が、国民の新たな義務を課す制度であり、苦役を課すもので憲法違反であるという意見もある。

 思想・信条を理由とする裁判員の辞退を認めるかどうかについては、この裁判員制度それ自体の評価と大きく関わっていると言える。
 日弁連は、裁判員制度を実施して推進するという立場から肯定的に捉えており、思想・信条を理由とする辞退を認めたら、この制度が崩壊することを恐れて、上記のような見解を述べているものと推測される。

 しかしながら、裁判員制度それ自体が国民に新たな義務を課すものであると消極的・否定的に考える立場からすれば、思想・信条を理由とする裁判員の辞退を認めなければ、それこそ、裁判員制度が憲法違反になってしまうと考えることになるだろう。

 政府・与党は、裁判員制度それ自体に消極的・否定的な評価をしていなかったにせよ、新しい制度の導入に対する国民の抵抗を考慮して、思想・信条を理由とする裁判員の辞退を認めることを公言していた。ところが、政令にはそれが盛り込まれなくなる可能性が出てきているのである。

 ただ、翻って考えると、思想・信条を理由とする裁判員の辞退事由というような極めて重大な事柄については、政令ではなく法律で規定すべきことであり、裁判員法の中にそれを規定しなかったこと自体が問題であったと考えられる。その意味では、政令で規定するという方針自体が誤りであったのであり、制度設計に大きな禍根を残したと言えるのである。

 次に、今通常国会に、「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律等の一部を改正する法律案」が上程されている。これはいくつかの内容からなる法案であるが、その目玉は、裁判員裁判に「区分審理制度」を導入する点にある。

 すなわち、ある被告人が3つの殺人事件を犯したとして起訴され、いずれの事件の否認しているような場合に、裁判員裁判でこれを審理すると、1件の殺人について3~5日程度かかるとすると、3件で9~15日程度の審理を要することになる(最近の世論調査によると、裁判員が審理に堪えられる日数の平均は3日程度とされている)。

 そうすると、こんなに長く裁判員を拘束することになると、裁判員のなり手がいなくなるということから、この3件(以下、便宜上、A事件、B事件、C事件とする)について、裁判官3名は交代しないけれども、裁判員は交代しながら審理を行っていくという制度の新設が提案されている。

 具体的には、まず、A事件について裁判官3名と6名の裁判員が審理して有罪か無罪かを決めて判決を言い渡し(量刑は言い渡さない)。次に、B事件について同じ裁判官3名と新たに選任された裁判員6名が審理して有罪か無罪かを決めて判決を言い渡す(ここでも量刑は言い渡さない)。そして、最後のC事件について、同じ裁判官3名と新たに選任された6名の裁判員が審理して、有罪か無罪かを決めるとともに、A事件・B事件・C事件の3つの事件についての量刑を審理して、最後の判決を言い渡すことになる(量刑も言い渡す)。

 このように審理を区分して行い、部分判決を言い渡し、最後の審理で全ての事件を統括した判決を言い渡す制度(区分審理制度)を新設することを提案しているのである。

 この制度において、最後にまとめて量刑をすることにしたのは、A事件、B事件、C事件それぞれについて量刑をすると、殺人事件の場合に、それぞれ、無期刑、無期刑、無期刑となって(死刑判決の基準では被害者1人では死刑にはならないため)、死刑判決が言い渡せなくなるという考慮からと指摘されている。

 しかしながら、この制度は、裁判官は最初から不動で交代しないのに、裁判員は事件毎の審理にしか関わることができず(裁判員が望んでもできない)、裁判官と裁判員とで、圧倒的な情報量の差が生じることを是認し、対等であるべき両者の関係を否定している。そして、上記の例では、C事件の裁判員は、A事件とB事件の量刑も行うことになるが、その審理には直接関わっていないので、記録を読んで把握するしかなく(実際には直接審理に関わった裁判官の説明・意見に引きずられてしまう可能性が強い)、裁判員制度が目指している直接主義・口頭主義は完全に形骸化し、調書裁判に逆行する。

 今回のような裁判員制度下における併合罪事件の審理のあり方は、裁判員法を提案する際に、一緒に提案されるべきであったものであり、施行まで2年というこの時期になって急に提案されるべきものではない。

 しかも、今回の法案が提案する区分審理制度は、裁判官と裁判員の地位の対等性を根本的に否定するものであり、裁判員制度の制度設計に対して大きな疑問を投げかけるものとなっている。

 この区分審理制度については、新聞等では大きく報じられたものの、ほとんど議論になっておらず、国会でもほとんど議論されることなく、この国会で成立する可能性がある。
 しかしながら、上記の裁判員の辞退事由の問題と併せて、裁判員制度の制度設計に関わる重大な問題を孕んでいるのである。

 世論調査でも、裁判員になりたくないという国民が6割以上いると指摘されており、この制度の無理な導入は、むしろ世論の反発を招き、裁判員制度の定着に大きな支障を来すおそれがあると考えられる。

 このような状況において、裁判員制度は2009年5月から実施すると決められているが、その開始時期を先送りすることも含めて、裁判員制度の制度設計について、改めてもう一度、国民的な議論をする時が来ているのではないだろうか。

 そして、次から次へと、重大事件で無罪判決が確定し、自白偏重の旧態依然とした捜査が行われ、そこでは厳しい自白強要や「人質司法」の実態が明らかになりつつある。

 これらの問題を先に解決することなく、裁判員制度を導入しても、刑事司法は決してよくならないどころから、むしろ、現在の問題の多い刑事裁判に市民のお墨付きを与えるだけになってしまう。

 したがって、今まず急いでやるべきことは、前近代的な捜査と人質司法の根本的改革であり、それをやった上で、裁判員制度の制度設計を見直すことが求められていると言うべきである。

【Today's Back Music】
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 「六本木心中」「翼の折れたエンジェル」「My Revolution」など、J-POPの女性ボーカルものを、デーモン小暮がハイトーン・ボイスでカバーしたアルバム。演奏もロックしており、意外と聴けるアルバムである。

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