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2008.06.10

秋葉原通り魔事件が規制強化に利用されてよいか?

 2008年6月8日午後0時30分すぎ、東京都・秋葉原の歩行者天国で、トラックが通行人らをはねた後にトラックから降りた男が通行人らに刃物で次々切りつけて、17人が救急車で病院に運ばれ、現在までに7人が死亡する大惨事となった。

 被疑者は事件直後に殺人未遂で現行犯逮捕された。報道によると、被疑者は、「生活に疲れ、世の中がいやになった。人を殺すために秋葉原に来た。誰でもよかった」などと供述していると伝えられている。しかしながら、その動機も含めて、常識では理解できない悲惨な通り魔事件であり、巻き込まれた被害者に対しては、心よりご冥福をお祈りしたい。

 ところで、事件から一夜明けた6月9日には、この事件を契機として、政府や警察において、色々な動きが起きている。

 町村官房長官は、記者会見で、この事件について、「本当に忌まわしい凶行だ」と述べたうえで、刃渡り13センチのサバイバルナイフが凶器となったことに触れ、「6センチを超えるものは正当な理由なく持ってはいけないという銃刀法の規制はあるが、現実には出回っている。規制強化(のあり方)をよく考えなければならない」と語ったと報道されており、銃刀の規制強化の必要性について検討する方針を示した。

 福田首相は、泉国家公安委員長を首相官邸に呼んで、「社会的背景も含め、対応策を考えてほしい」と指示したと報道されている。泉国家公安委員長は、その後、記者団に対して、「そういうこと(ナイフの規制強化)も視野に入れて考える」と述べ、検討する考えを明らかにしたという。

 鳩山法務大臣は、東京都内であったパーティーでのあいさつで、「昨日も大事件があったが、人の命を奪うような人にはそれなりのものを負ってもらおう。それは日本人として当然の考え方だと思う」と述べたと報道されている。これは、死刑制度の必要性を訴えるとともに、終身刑創設の動きに対する牽制ではないかと指摘されている(MSN産経ニュースの記事)。

 また、警察庁は、日本プロバイダー協会など通信四団体で構成する「違法情報等対応連絡会」に、インターネット上に殺人などの犯罪予告があった際には警察に通報(110番通報)するよう要請したことが報道されるとともに、全国の警察に対して、繁華街でのパトロール強化など同種事件の再発防止に取り組むように通達した。その中では、繁華街で警察官のパトロールを強化し、あわせて不審者や不審車両に対する職務質問を徹底することや、パトロールの機会に繁華街に警察官が一定時間とどまることを心がけて警戒することが盛り込まれているという。

 本来であれば、まず、なぜこういう事件が起きてしまったのかという犯罪原因の解明こそが最優先になされるべきであろう。原因の解明なくて、それに対する「対策」などありはしないからだ。

 ところが、犯罪原因の解明より先に、銃刀の規制強化や、ネットでの犯行予告の無差別の通報要請、繁華街の警備の強化等が、矢継ぎ早に出されている。これらは、いずれも規制を強化する方向であることに注意する必要がある。それは、今回の「悲惨」な事件が起きたことを契機として(むしろ、奇貨として)、これまでやりたいと考えていた規制強化を一気に進めようとしているように見える。

 海外のメディアは、むしろ、冷静に、この事件の原因を分析しようとしているように見える。MSN産経ニュースが報じるイギリスのBBC放送の次のような指摘は、非常に示唆に富んでいる。

 

英BBC放送は「報じるには時期尚早」としながらも、日本人は「人と違うことや失敗が許されないという重圧にさらされ、社会に適応できず仕事にも就かず、他の人と同じように振る舞わなければ疎外される」と言われていることを紹介。今回の事件は「単に個人の犯罪なのか、それとも日本社会に不安をもたらす前兆の一つで、増大する重圧やストレスが疎外された人間を凶行に駆り立てているのか」と分析している。

 ところが、我が国では、今回の事件の悲惨な面ばかりを取り上げるとともに、被害者の側の痛みや無念さを繰り返し繰り返し報道し、今回の事件の被疑者の異常性やその責任の重大さばかりを強調し、事件を被疑者個人の問題に収斂する傾向が見られる。

 例えば、6月9日付の「夕刊フジ」に掲載された識者の声の中には、ノンフィクション作家・朝倉喬司氏のコメントのように、「背景には競争社会がある。現在は競争のルールが分かりにくく、自分が不公正な扱いを受けているとの疑いを持ちやすい。同様の事件を防ぐには、容疑者の動機の解明が最低条件」というまっとうな意見も見られるが、他方で、元最高検検事の土本武司白鴎大法科大学院長のコメントのように、「事前にレンタカーを準備し、車の通行が規制された歩行者天国に突っ込んだという時点で、確定的な殺意を持っていたと判断せざるを得ない。逮捕された男は心神耗弱状態にあったとは考えられない。」と述べて極刑を示唆するような意見が掲載されている。どちらからというと、報道の中では、この後者の意見の方が主流を占めているのではないかと考えられる。

 我が国では、これまで、何か大きな事件が起きると、その事件の原因を冷静に分析することなく、対処療法的に、法律を改正して規制を強化するということが繰り返されてきた。

 2004年6月に長崎県佐世保市で起きた小6女児殺傷事件は、当時11歳のいわゆる触法少年によって行われたことから、それを契機に、2007年に少年法が改正されて、触法少年の事件についての警察の捜査権限が認められるようになった。
 また、2007年12月に長崎県佐世保市で起きた散弾銃乱射事件が起きたことを契機に、銃刀法の改正が行われて、銃刀規制が強化されている。

 このように、我が国では、何か事件が起きると、すぐに法改正がなされて規制が強化される傾向が見られる。

 今回の事件についても、政府や警察庁は、この機会を利用して、今までやりたくてもできなかった規制を進めようとしているとしか考えられない。

 なお、今回の事件の態様の異常さや前後の被疑者の行動からすると、精神的な疾患に起因する可能性があり、将来的には、責任能力の有無が問題となる可能性がある事件である。そうであるならば、被疑者のプライバシーを大々的に報道しているマスコミ報道のあり方にも疑問があると言わなければならない。

 いずれにしても、私たちは、事件の悲惨さだけに目を奪われて、応報感情や処罰感情を煽るマスコミ報道を冷静に受け止め、今回の事件の原因究明を、被疑者の個人的な資質等に求めるのではなく、格差社会の現状を踏まえた社会的背景を含めて行うことが求められているというべきであり、常に冷静であり続けるとともに、政府や警察庁の動きを注視していく必要がある。

【Today's Back Music】
 峰厚介meets菊池武夫(GNCL-1161)
 大人向けのJAZZシリーズ「A60」の中の1枚で、サックス奏者の峰氏が、スタンダードナンバーを演奏するアルバム。円熟しているがパワフルな演奏を聴くことができ、至福の時を過ごすことができる。

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