殺人の公訴時効はなくすべきか?
毎日新聞が、殺人の公訴時効を維持すべきか否かについて、2008年7月12、13日に全国世論調査をしたところ、殺人事件の時効を維持すべきかどうか聞いたところ、「なくすべきだ」が77%で、「維持すべきだ」の15%を大きく上回ったとの報道がされている(毎日新聞の記事)。
日本では、戦前から公訴時効という制度があり、全ての犯罪について、その法定刑に応じて公訴時効が定められている。犯罪行為が終わった時点からその公訴時効期間が経過すると(海外に逃亡したような場合、その期間は時効は停止して進行しない)、仮に犯人が分かっても、検察官は起訴することができず、仮に起訴しても免訴となる。
刑事訴訟法は、殺人罪については、従前、公訴時効期間を15年と規定していたが、2004年の刑事訴訟法改正によって、25年に延長されている(刑事訴訟法250条1号。但し、2005年1月1日以降の犯罪に適用され、それ以前の犯罪は従前通り、公訴時効期間は15年である)。
2008年2月に、約27年前のロス銃撃事件で、三浦和義さんがサイパンで身体拘束された際に、米国には凶悪事件に時効がないことが報道されたことから、改めて、殺人に公訴時効を定めている日本の法制度の是非が取りざたされている。
また、昨今の犯罪被害者の声が大きく報道されるようになったことも、この問題が提起されることに影響していると考えられる。
確かに、イギリス、フランス、ドイツや、アメリカの一部の州には、殺人についての公訴時効を認めない制度がある。
しかしながら、それは決して全世界的な規模で認められている訳ではない。
2004年の刑事訴訟法改正の前に行われた法制審議会刑事法(凶悪・重大犯罪関係)部会においては、法務省の事務当局は、殺人等について、公訴時効の撤廃ではなく、15年から25年への延長を提案し、それが認められている。
例えば、その際の法制審議会部会(2004年6月4日)の議論では、次のような指摘がされている。
御指摘のように,処罰感情が簡単にはなくならないと,あるいは証拠についても簡単には散逸しないということについては,私もそれはそうだろうと思います。しかしながら,その議論を進めていきますと,公訴時効の期間というものは別に30年だろうがあるいはもっと極端に言ってもっと長くても構わないという議論にもなり得るだろうと思います。それが,今回の提案でいきますと25年になっていたり15年になったりということで,一定の上限的な数字が出てきていますけれども,それはなぜなのかということを考えてみますと,意見にわたりますけれども,それはやはり10年なり15年なり25年なり,訴追されていないという被疑者の一種の事実状態があるわけでして,それを保護してあげましょうという,そういう趣旨がやはり立法的な根拠としてあるのではなかろうか,こういうふうに考えるわけです。そうしますと,犯罪を訴追する国家の利益と,訴追されない被疑者の利益とがそこで比較衡量されて,妥当な数字が出てくるということでありまして,それはやはり国民感情からしてもっと長くてもいいとか,あるいは公訴時効制度を廃止していいという議論には単純にはならないわけであります。そこでは訴追されない被疑者の利益も考慮しながら,25年なら25年という数字が決められているというような御説明をいただけると,納得しやすいというのが私の意見でございます。
これは、出席していたある委員の発言ではあるが、この発言が、今回の刑事訴訟法改正の趣旨を最もよく表していると言えるだろう。
他方で、同じ部会での議論には、捜査機関側のリソースの適正配分のような説明もあった。
先ほどデータが示されましたように,確かに公訴時効完成するまでに1年を切って検挙される事例があるということから端的に分かるように,結局公訴時効というのはある段階で訴追の断念を迫っている制度だろうというふうに思うわけです。要するに,タイムリミットがなかりせば,更に場合によってはその翌年,翌々年であっても検挙する事例というのはあり得るはずのものであるわけです。ところが,いろいろリソースの配分といったことから考えて,ある段階でこれ以上はもう断念せざるを得ないという,そういう制度であると思います。その断念の年限が現段階で社会的に受け入れられるような年限になっているかというと,むしろそれが・・・指弾されているような実情にあるという認識だと思います。私も同じような認識を持っておりまして,その年限を更に延長させることによって,断念すべき期間というのをもうちょっと長くとることを可能にした方が,現時点では望ましいのじゃないか,このように感じております。
これらの見解は、いずれも、公訴時効を撤廃するのではなく、時効期間の延長にとどめるべきであるという現行法の立場を裏付けているともいえよう。
これらの観点からすれば、殺人についての公訴時効の撤廃はすべきではない。それは、とりわけ、犯罪を犯したとされる者が極めて長期間にわたって逃亡する中で、新たな生活関係が形成され、それが固定化・定着化する中で、やはり訴追されない利益というものを考えざるを得ないからである。
その上で、上記で紹介したように、捜査機関側のリソースの適正配分という観点から、一定の期間が過ぎた事件についてまで、ずっと捜査担当者を置いておかなくてもよいということにすることが望ましいという政策的な観点もある。
また、多くの事件について、公訴時効成立間際に検挙されることが多いことが指摘されているが、それは公訴時効制度がある故に、その直前に、捜査機関側も力を入れて捜査を行っていることの成果であって、もし公訴時効が撤廃されたら、そのような時効完成直前の検挙という事態が減ることが予想される。
さらに、一般的に、犯罪について公訴時効を認めながら、殺人だけをその例外にすることの不平等性という問題もある。自動車運転過失致死や危険運転致死で死亡した被害者の遺族にとっては、故意で殺された殺人についてだけ公訴時効が撤廃されることの不公平感を覚えるだけではないだろうか。
以上のような意味において、殺人の公訴時効を撤廃すべきだという意見には反対である。ただ、この機会に、改めて、公訴時効の意味について議論することには意味があると思うので、国民的議論がなされることを期待したい。 【Today's Back Music】
トーマス・フィンク・トリオ/TIME TO SMILE(AS075)
ドイツの熟練ピアノ・トリオであるトーマス・フィンクの新譜。澤野工房から出されていますが、肩肘はらずに何度も聴いても飽きない作品に仕上がっており、最近よく聴いています。
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