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August 2010

2010.08.31

死刑刑場の公開について考える

 2010年8月27日、東京拘置所の死刑の刑場が、法務省の記者クラブに加盟するマスコミ各社に約30分間公開された。

 これは、2010年7月28日に死刑が執行された際に、千葉景子法務大臣が、「国民的な議論に資する」ために刑場公開をする意向を表明しており、それが実現された形である。

 報道によると、執行室とボタン室、前室、教戒室、立会室が公開された。絞縄は「普段も設置されていない」という理由で、設置されていない状態だったようである。

 裁判員制度が開始されて1年以上が経過しており、市民が裁判員として、死刑判決をする可能性がある状況の中で、死刑の刑場すら公開されていなかったこと自体が疑問であるが、保守的と言われる読売新聞ですら、今回の刑場公開について、「国民には死刑制度を考える材料が、ほとんど明らかにされていない」、「死刑の現状を国民に知らせ、執行方法や制度の運用に見直すべき点がないのかどうか、問題提起する姿勢も必要」と述べている程である(2010年8月28日付読売新聞社説

 それにしても、刑場だけを公開しても、死刑がどのように執行されているのか、死刑確定者が死刑までどういう生活をしているのか、当日の朝に執行を知らされることが死刑確定者にどれだけ負担を与えているのかなど、もっと明らかにされるべき事柄は多いはずである。

 特に、現在、絞首刑とされている執行方法が「残虐な刑」に当たらないのかどうかが、最大の課題であるはずである。今回も絞縄すら公開されていないが、実際にどのように絞首刑が執行されているのかを公表しなければ、国民は、死刑が「残虐な刑」かどうかを判断することはできない。

] アメリカにおいても薬物投与による執行が普通になっており、中国においても、銃殺から薬殺へと移行しつつあると言われており、明治時代以来、絞首刑を続けている日本の死刑執行方法が、現時点において「残虐な刑」になっていないのかどうかについては広く国民的議論がなされるべきであって、そのためにも、実際の死刑執行の状況を公開することが不可欠であると考えられる。

 法務省は、死刑廃止論議に向かうことを恐れているというが、絞首刑を国民に広く公開して、国民が「残虐な刑」はやめるべきだと思うのであればやめるのが民主主義であり、情報を公開しないままというのであれば、およそ民主国家とは言い難い。

 法務省の秘密主義や隠蔽体質がこれで変わったとは考えられないが、これを機会に、死刑について国民的議論がなされるべきである。

 裁判員裁判においては、これまで死刑判決が一件もなされていないが、そろそろ死刑求刑事件も審理されることが予定されている。その際に、死刑に対する具体的なイメージを持たないまま、死刑か無期かを評議することはむなしいことである。

 千葉法務大臣は、裁判員裁判の円滑な運用のために、死刑について国民的議論がなされることが必要であると考え、刑場の公開を積極的に進めたようである。そうであるならば、死刑に関する広い情報公開が今こそ必要である。

 世論調査で死刑存置が広く支持されていると言われるが、死刑に関する情報をほとんど公開しないで世論調査している点に大きな問題がある。

 これまでタブー視されてきた死刑に関する国民的議論は、今すぐにでも開始すべきであり、そのためにも、法務省は、今後も継続的に、死刑に関する情報公開を広く行うべきであり、私たちは不断に監視し続け、公開を求め続けなければならない。

【Today's Back Music】
 CHIAKI/CHIAKI(BVCL-90)
  沖縄出身の女性ボーカリストのソロアルバム。角松敏生プロデュースで、伸びのあるボーカルがインパクトをもって迫ってくる感じで、最近何度も聴いています。

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